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カウンセリング未満

自らの生き様を心理カウンセラーの観点から綴った半生記、日常生活に役立つEQトレーニング講座・セルフカウンセリング講座など。
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自分への癒しの試み[06]-呪縛を解く鍵
その後父は、リハビリ病院でのリハビリを経て、
自宅に戻ってきました。
リハビリをした、と言っても一ヶ月もその病院にはいなかったのです。
わがままな父は、ろくにリハビリにも取り組まず、
とにかく家に帰りたいの一点張りで、
諦めた母が、帰宅を認めただけのことだったのでした。

倒れた父に未来の自分を見出してしまった僕は、
東京に戻っても、
一度感じてしまった恐怖感を拭えなくなってしまっていました。
とてもじゃないですが、遊んでいられません。
定職に就いていないことも、たまらなく不安でした。

母には、自分だけじゃ面倒見られないから帰ってきて欲しいと
何度も懇願されました。
そして僕は、とうとう帰郷することにしたのです。
表向きは、父の介護のため。
でも実際は、東京でこのまま生きていくことが
怖くなってしまったからでした。

そして僕は、アパートを引き払い、再び実家に帰ってきました。
心は敗北感でいっぱいでした。
どう言いつくろおうが、
二度と帰らないと固く誓った実家に戻ってきてしまったのです。
敗北感故に東京から引き上げ、敗北感を積み重ねてしまったのです。

故郷の友人達は暖かく迎えてくれましたが、
この時期の僕は、快楽的に遊ぶことさえ出来ないほどの敗北感で、
無為に息をするだけの存在と、なんら変わるところがなかったのです。
(上京するとき送別会を開いてくれた友人達に「二度と帰ってこない」と宣言していたのですから、バツは悪かったです、とても)

結局、故郷、実家というものは、安心感のある場所だったのです。
実家に戻った僕は、かつてのプレハブ小屋に居を構え、
そして何ヶ月も仕事もしないで暮らしました。
たまに母の店を手伝う程度で。

やがて、東京で芝居をしていた古い友人が帰郷して、
地元で劇団を立ち上げました。
彼は僕に、一緒にやってほしいと言ってきました。
最初はやるつもりはなかったんです。
面倒だったから。
あの頃の僕は、能動的、ポジティブに動くことから
大きく外れた生き方をしていたから。
しかし根負けして、1年だけとの約束で、僕も芝居に参加したのです。

そこで今の妻と出会いました。
出会って、結婚を意識して、そこからようやく定職に就かなくてはいけない、
と思えるように気持ちが変わっていったのです。
(つまり僕は、定職にも就かず、妻の実家に挨拶に行ったのです。当然、ご両親は難色を示したそうです)

この一連の流れを整理すると、
結婚しようと思って、結婚するには最低限、定職に就かねばならない、
だから定職を得よう。
だったこれだけの動機だったのです。
当然、仕事なんかなんだってよかったのです、正社員であれば。
(東京でずっとバイトをしてきた当時の僕には、飲食業やショップ店員以外の職業というものが、実感出来なかったのでした)

芝居を一緒にやった友人が勤めていた会社に、
とても楽な仕事があると聞きました。
「楽」と聞いたら気になります。
結果、僕はその会社で面接を受け、無事採用されました。
それが今も勤めている会社なのです。

高校卒業後、一回も定職に就かなかった僕を
採用した当時の人事担当者もどうかと思いますが、
しかし世の中にはこういう不思議な縁というものがあるのです。
(何しろ今は、その会社の取締役なのですから)

しかし、介護を理由に帰郷した僕は、結局介護なんかしなかったのです。
しないまま、やがて結婚して、とうとう本当に実家を離れることになったのです。

退院後の父は、明らかに言動がおかしくなっていました。
いわゆる認知症と同じ経過です。
とはいえ、会話も出来るし、一人で出掛けることもまだ可能でした。

自分は定職に就き、結婚した者です。
初めて感じる安定感でした。
父は、東京にいた頃感じたのに近い、どうでもいい存在だったのでした。

やがて子供が生まれ、僕は3つ違いの女の子を2人持つ父親になりました。
仕事も順調でした。
古い友人からは「尾内は別人みたいだ」とよくからかわれるようになりました。
何でもポジティブに考えられるようになりました。
なんでもアクティブに取り組めるように変わっていました。

家族を持つ、この意識が、僕を180度違う人間に変えたのです。
仕事に情熱を注げたのも、家族のためでした。
特に二人の娘は、どうしようもないくらいに可愛くて、
休日にゴロゴロする時間ももったいなくて、
毎週のようにどこかに連れ出しました。
真夏でも、真冬でも。
妻が一緒じゃなくても全然平気でした。
お弁当も僕が作って持っていきました。
下手なおにぎりや炒めたソーセージをぱくぱく食べてくれる姿、
公園で熱心に遊ぶ娘達の様子を見ていられるのは、
信じられない、あり得なかったシーン、
そして、本当に涙が出そうになるほどありがたい時間でした。

  家族
  これが、家族、そして家なんだと理解できたのです。
  というか、僕はただ、
  「家庭」が作りたかっただけだったのかもしれません。
  自分で家庭を築くことでしか、
  僕は自分で結んだ呪縛を解きほぐせなかったのかもしれません。

  安心、避難所を自分で築き上げて、
  僕はようやくまっすぐ自分を
  見つめて生きられるようになったのだと思うのです。
| 自分への癒しの試み | 19:20 | comments(0) | - | pookmark |