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カウンセリング未満

自らの生き様を心理カウンセラーの観点から綴った半生記、日常生活に役立つEQトレーニング講座・セルフカウンセリング講座など。
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自分への癒しの試み[10]父からの解放(己の解放)
平成16年8月19日の深夜、
ホームから僕の携帯に一通の電話が入りました。

父の心停止の連絡です。

僕は妻に事情を告げると、母と兄に電話を入れ、一人ホームへと車を走らせました。
数日前、あまり時間は残されていないと、施設の医師から告げられていたのです。

ホームに到着すると、父はすでに別室に移され、医師による死亡の確認も済んだ後でした。
しかしそこには、まったく想像もしなかった光景がありました。

職員が泣いているのです。
父のために。
家族が介護を放棄し、家族が生きる価値なしと宣告した男のために、
何人もの職員が遺体にすがってすすり泣いているのです。
父の顔を優しくさすっている職員もいます。

僕は・・・
僕はどうだったのか?
僕はただ、父が死んだと認識しただけ。
ああ、とうとうね
やっぱりね
頭に中ではこれからの葬儀の手配とか、仕事の調整とかを考えていました。

今こうして死んだ父と接しても、
もちろん悲しくはない
まったく悲しみはない
家族なのに。

ところが家族でもない、仕事上の付き合いでしかないはずの職員が、
父を愛おしむように泣いている。

これは衝撃でした。

まず思ったのは、ここに自分はいちゃいけないんだ、という思い。
入れ替わりもあったでしょうが、5年間、触れ合ってきたのはここの職員であって、
ここでは僕こそが部外者のように感じられました。

次ぎに思ったのは、どうしてこんなひどいヤツのために泣いてくれるのか?という思い。
そんな男じゃないんだよ。
惜しまれるようなヤツじゃないんだ。
こんな男のために泣かないでくれ!

ようするに、職員の優しさが、たまらなく自分を責め立てるのです。
そう感じられたのです。

やがて、母が連絡した葬儀屋がやってきました。
慣れているので仕事が速いです。

事務的に弔意を述べ、あっという間に父をワゴン車に乗せてしまいました。

泣きながら見送る職員。
躊躇することなく走り出す車。

それはまるで家族から、何者かが非情にも、愛する肉親を連れ去ったかのような光景でした。
というか僕にはそう感じられたのです。

「終の棲家」
そうかあ、そういうことだったのかあ

僕が理不尽な対応をしている間に、
父はここで家族を得ていたのです。

父がろくでなしか極悪人かは、ここでは関係なかったのです。
終の棲家
そして家族なんだから。

父を憎んだ僕は単に父を失っただけですが、
父は憎まれようが復讐されようが、新たな家族を得ていたのです。

誰が得をして誰が損をしたか?

誰も得はしていない。
ただ単に、僕が一人で騒いで一人で苦しんで、
一人で醜い己を晒していただけだったのです。

僕の気持ちも思いも、父にはまったく関係がなかったのです。
解放されるべきは父ではなく、自分自身だった。

実家に向かう車の中で、様々な思いが交錯しました。
| 自分への癒しの試み | 12:50 | comments(0) | - | pookmark |