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カウンセリング未満

自らの生き様を心理カウンセラーの観点から綴った半生記、日常生活に役立つEQトレーニング講座・セルフカウンセリング講座など。
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自分への癒しの試み[11]手を差し出すのは僕の方だった
父は、あんなに帰りたがっていた実家に、
死んでようやく戻ってくることができました。

夜中にもかかわらずお寺に電話して、慌ただしく葬儀の準備が進められました。
翌20日、通夜
21日、葬儀告別式

取り急ぎの打合せが済み、僕が帰路についたのは午前4時を回っていました。
それからパソコンを立ち上げて、会社のグループウェアに父の死去と葬儀の案内を流して、友人達にも同報でメールを送信しました。
僕が寝たのはすでに空が明るくなった午前5時を回っていました。

翌日は午後、実家に向かいました。
母の兄弟は既に集まっていました。

父は、親戚づきあいもほとんどしていなかったので、父方の親類を僕はほとんど知りません。
結局、父の葬儀に参列した父方の親類はたったの2人だったのでした。
(ちなみに、父がホームに入所した後、実家やホームに父を訪ねてきた者は一人もなく、葬儀に参列した友人も、葬儀後焼香に訪れた友人も皆無だったのです。いったい父は、どんな生き方をしてきたのか? 親友とまでいかくなくても、葬儀に駆けつける仲間が一人もいなかったなんて)

兄は、まだ来ません。
東京に住んでするので直ぐには来られないのも分かりますが、
結局来たのは3時過ぎだったのです。

通夜、葬儀と滞りなく進み、いよいよ父は火葬される段となりました。

ここで意外なことに母が泣き出したのです。
これはもの凄く意外でした。
僕は泣かない。
兄も泣かない。
当然、母も泣かないと思っていたのです。

母にどんな心境の変化があったのか、この時は知るよしもありませんでした。

僕は、花で埋め尽くされた棺に眠る父を見つめながら、もはや何も思うことはありませんでした。
恨み、もない
憎しみもない
怒りもない

しかし後悔もない
悲しみもない

やがて父の棺は閉じられ、炉へと押し入れられました。

僕は心の中で「バイバイ」とつぶやきました。
その瞬間、心のモヤがいっぺんに晴れ、まるで澄み渡る青空に抱かれているような感覚に包まれたのです。

死は全てを浄化するといいますが、僕のこの時の心境はまさにそれでした。

憎んでいたのは自分
恨んでいたのは自分
怒っていたのも、自分

そして被害者だと感じていたのも自分
犠牲者だと感じていたのも、自分だったのです。

父という人間の生や死や存在が、僕の心を支配することはあり得ないわけで、
僕は僕自身で考え思い感じた、その結果で自分を縛っていただけなのでした。

  時間が、嫌になるほどかかってしまったことには悔いが残ります。
  クライエントに対しては
  カウンセラーである自分が用意する「空(から)の椅子」を、
  自分には自分が用意しなければならない。
  そして結局、ここまで引きずって、
  「父の死」が僕にとっての「空(から)の椅子」になったのです。

  これが「セルフ・カウンセリング」の難しさなのかもしれない。

  自身が深いトラウマを抱えたまま
  心理療法に携わっている知人がいます。
  彼女はクライエントのトラウマを受け止め、癒す努力を厭わないのに、
  自身のトラウマに関しては「解決」しようと絶対にしないのです。
  「しない=できない」のでしょうが。

とにかく、この瞬間、父に対する全てのわだかまりは消え去りました。
信じられないほど、あっさりと。

ようするに、僕が手を差し出せばよかっただけなのです。
和解の握手のために。
僕が差し出した手を、父は拒むはずがなかった。
何故なら全ては「僕の心の中」の問題だったのだから。

よく「嫌いな親が自分を産んだことに対して、産んでくれたことに感謝はできるが親の存在は許せない」という矛盾を聞きます。
「嫌いだろうが憎むべき親だろうが、産んでくれたことは事実」
この矛盾(葛藤)に苦しんでいる人も少なくないと聞きます。

しかし全ての父に対する煩悩から解放されてしまった僕にとっては
「父は生物学的な、そして戸籍上の父」
これだけに過ぎません。
「良い」とか「悪い」の地平で何かを語ることに興味がないのです。

ここで初めて「徳二」は僕の父である
と真っ直ぐに誰に対しても(むろん自分に対しても)言えるようになったのです。

淡々と弔おう。
真摯に位牌を、そしてお墓を守っていこう。
そう素直に思える自分。

僕は炉に向かってもう一度言いました。
「バイバイ」
人に見られると不審に思われるので、
心の中でにっこりと微笑んで。

(後日談)

どうして母が泣いたのか、後で聞きました。

「あたしだって泣く気はなかったんだよ。『泣くもんか!』って決めてたしね。だけどね、二人の息子を残してくれたのもあの人だったんだなと思ったら、感謝の気持ちが急に湧いて来ちゃって、それでうっかり泣いちゃったのさ」

この子にしてこの母あり、ですね(笑)

(父の章 了)
| 自分への癒しの試み | 19:26 | comments(0) | - | pookmark |