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カウンセリング未満

自らの生き様を心理カウンセラーの観点から綴った半生記、日常生活に役立つEQトレーニング講座・セルフカウンセリング講座など。
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自分への癒しの試み[14]たった一人の家族
たとえばそれは、「朝起きたら全てが夢で、自分は一人きりだった」というくらいの衝撃でした。
たとえばそれは、「目が覚めたら監獄の中で、子供になった夢を見ていただけだった」というくらいの衝撃でした。

兄は、父の酒乱の実態をほとんど知らなかったのです。
ほとんど、というより「まったく」にきわめて近いものでした。

兄はとても早い時期から一人で寝ていて、そして兄の部屋は両親の寝室から離れていました。
したがって幼児期の僕が二人の言い争いに怯えて泣いていたことを、まったく知らなかったのです、この時まで。

やがて僕が一人で寝るようになってからの何年間(兄が上京するまでの数年間)かは、実は父の酒乱が一時的に収まっていた時期と重なります。

つまり兄は父の酒乱を、なんとなく察していただけで、その被害にあったことも、それどころかその実態を見たことは一度もなかったというのです。
兄は、父が憎くて家を出たわけではなかった。
単に、自分の夢を追い求めた結果だけだったのです。

これは、想像を絶する衝撃的な事実でした。

僕にとっての「家族」
酒乱の父がいて、家事を放棄した母がいて、そして、堪え忍ぶ二人の子供がいる。
それが僕にとっての「原家族」であって、それ以外の一般論とか理想像はまったく相容れないものなのです。

その家族像の中に、兄が存在しないのです。
堪え忍ぶ子供は僕一人きりなのです。
兄は弟を守ってくれる存在でも、どこか遠くへ導いてくれる存在でも、一緒に耐えてくれる同志でもなかったのです。

兄は言ってくれました。
「そうかあ、shigeo一人が辛い思いをしてきたんだね」と。
「知らなくてごめんね」とも。

もちろん、兄に罪があろうはずがありません。
逆に、酒乱の父を知らずに過ごせたことはとても幸運だったと言えるのです。

しかし、悲しいことに僕の家族観は歪んでしまっていました。
堪え忍ぶ可哀想な子供の役目を演じるのは弟だけだったのです。
両親を否定することで大事にしていたかけがえのない家族、二人切りの家族、それが失われた瞬間なのです。

言いしれようのない孤独感が僕を呑み込みました。
もらわれっ子は僕一人だけ。
これからは、僕はたった一人で家族を演じなければならないのでした。
| 自分への癒しの試み | 13:37 | comments(0) | - | pookmark |