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カウンセリング未満

自らの生き様を心理カウンセラーの観点から綴った半生記、日常生活に役立つEQトレーニング講座・セルフカウンセリング講座など。
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5月に母が急死した。

しばらくはこんな思いから逃れられなかった。
「母を殺したのは自分なんだなーと思う」
実際そう考えるのだけど、こういう思考パターンが過激になっていくと、精神に異常を来すんだろうな、ともふと思った。

癌になったときもそう。
まず「バチが当たった」と最初に思った。
何のバチなんだと問われても、実は答えようがないから「自分は最低の人間だから」などと答えるしかない。

でも、これらの罪悪感って、結局、自分の心を守るためなんだと思うんです。
「自分を悪者にしておけば、とりあえず収まりがつくから」
ドラマや小説でお目に掛かるこんな自己犠牲を、自分が自分に対してしてるんです。

「母を殺したのは自分だ」と思ってしまう根拠も実際にはある(とは言えこれも私的論理ですが)
母は数日前から胃がもの凄く痛いと訴えていた。
(何故この時、無理矢理にでも病院に連れて行かなかったのか?)
「胃が痛い」という訴えは心筋梗塞の場合によく見られる認識で、実際に痛いのは胸なんだそうです。
数日後、訪ねてみると、今日医者に行ってきたと。痛かったのは薬が合わなかったからで、今は痛みも治まったと。なんだか風邪を引いたみたいで、頭がガンガン痛むと。
(何故この時、無理矢理にでも総合病院に連れて行かなかったのか?)

結局その日の夜、母は急性心不全で亡くなったらしい。
発見は翌朝で、近所の知り合いが訪ねて来てのことだった。

母は、子供の世話になる事を潔しとしない人だった。
子供に世話をかけない事が、一番のプライドだったのかもしれない。
何度か同居を勧めても、口では嬉しそうな返事をしていたのに、後に伯父に聞いた話では、まったく同居の意志はなかったらしい。

亡くなった日の昼間、訪ねたとき母は、「あんな痛みは生まれて初めてだよ」と打ち明けた。でも痛みのあるその時は、そんな事、一言も言わなかった。

もともと、足りない孝行に対する後悔がある。
いつも「孝行が足りない」と感じていた。
加えて最後の最後に、母の本当の状況を洞察しようとしなかった。
母の事を本気で考えていたら、ホントは危険な状態なのに、息子に隠していると、推察する事は容易いだろうに。

この、取り返しのつかない後悔で、僕自身がメチャクチャにならないために、逆に「自分が全て悪い」と結論付けないといられない。いわば「開き直り」が必要なんだと思う。

母が死んで4ヶ月が経過。
この間、家族で旅行にに行った。外食もした。買い物も楽しんだ。
でも全て、家族と一緒。
自分のために読書しようか、レンタルで映画見ようか、仕事のために勉強しようか、と思った途端、それが出来ない日々がずいぶんと続いた。
元のブログを更新する作業も、なんだかまだ、やっちゃいけないような気がして、結局ストップしたままになってしまった。
自分自身にポジティブマインドを発揮する事が罪のように思えてならない。
これが後悔の本質であり、この日々の長さが、自分との折り合いなんだなと思う。

2年前の父の死に際しては、こんな精神的な混乱は一切なく、それどころか心のトゲが抜けたようで爽やかですらあったというのに。

愛する者の死は、かくも損失が大きい。
一生に何度もあっては困るけど、僕にとっては初めての体験。

まだ兄はいるけど、なんだか気分は天涯孤独(この感覚は妻子がいても感じられることを知った)
「ここから」始めようと思う。
妻にも語らなかった、語れなかった、亡き両親と自分のこと。

「生きてきた記録」は、僕の歩んできた家族の記録です。
| 自分への癒しの試み | 10:02 | - | - | pookmark |